働くママ VS 専業主婦
結婚を機に退職する女性は、今や日本でも少なくなってきたと思うが、今でも妊娠・出産を機に専業主婦になる女性が大多数を占める日本。
それは昔から「子どもは小さいうちは家庭で育てる方が良いから。」という一般的な考え方が主流なこともあるし、専業主婦になっても夫の会社から年金のサポートがあったりはたまた、子ども、結婚、住宅などに対して「手当て」が付くところも少なくない。とにかく、私から見ると日本は「女性は家庭に入る」方がメリットが多い気もする。日本在の私のママ友達では、パートでさえ働く人は皆無。みんながみんな、妊娠した途端、すっかり専業主婦になっている。
逆にアメリカ、特にここサンディエゴでは妊娠中もごく当たり前のように働く女性が大多数を占める。日本のような様々な手当てやメリットは まったく無く、もしそのようなモノを政府が作ろうとしたら途端に、「男女差別」「結婚・独身差別」などの非難ゴーゴーであろう。とにかく、社会に出ることに対しても「平等」の意識なのである。
そんな日本でも働きながら子育てと家庭を両立させていく女性が、私のサイトにも何人もいる。
そして、そんな働くママ達の話を聞いていくと 「働く理由」が日本とアメリカとでは 少し違っているのが見えてくる。
人にもよるだろうが、日本の働くママが働く理由は「社会に出て居たいから」「仕事が好きだから」というような意見が少なくないように思う。「別に共稼ぎしなくちゃ、やっていけないわけではないんだけど、好きな仕事をしてもっと経済的にも精神的にも豊かにしていたいから」という意識なのだろうと思う。そんなママ達のパートナーは、アメリカ人男性並みになんでも家庭のことをしているかといえば、どうもそうは思えない。なんとなく、様々な境遇にも負けず、仕事も そして料理や洗濯、買い物も子育ても なんでも1人でこなすスーパーウーマンのような肖像が見えてくる。
サンディエゴではどうだろうか?
ここでは、なんといっても「経済的理由」がダントツだろう。なぜアメリカ、と書かずサンディエゴ、と書いたのかというと、サンディエゴは全米でも家の価格がかなり上位の高額な地域の割には、平均給料があまりよくないのである。よって、家を買って安定した暮らしを続けていくためには、夫のみならず妻もフルタイムで働かないと・・・というわけである。場合によっては、セカンド・ジョブ(仕事を2つもつこと)をしている夫も少なくない。
勿論、もう少し土地の安い田舎の州へ移住する事も出来るのだろうが、そんなところでは、トルネートや竜巻、地震があったり、洪水、湿気、多雨、激寒の冬、激熱の夏など天候は最悪だったり、人種差別があったりしなくもない。1度 ここに住んだら他の州へ行く気力などなくなるというのも事実である。それくらい、安全で快適なサンディエゴでは、やはり土地の値段も自然と上がっていくのだ。
従って本音をいうと「働かないで専業主婦出来たら良いけど、そうもいかないのよね。」というのがアメリカ人ママの心である。
そして、女性に対する社会的意識も 女性を働きやすくさせている。年齢や子の有無はまったく関係なし、あくまでもキャリアと実力勝負のアメリカでは、マネージャーレベルの女性は男性よりも多いとも聞く。夫が子どもの面倒を同じようにみて、洗濯や掃除などは週1回、食事はレストランで・・・ということになれば、専業主婦になってまで家庭にいる必要も無いのかもしれない。
私は、昔からキャリア志向というわけでは決してなかった。彼は働け働けというが、妊娠してつわりが始まってからは むしろ 毎朝「辞めたいなあ〜・・・」という気持ちが見え隠れしていた。日本では、妊婦の従姉妹たちが 仕事をさっさと止め、昼間寝てゴロゴロしていたというので、私はそれが羨ましいと思っていた。
実際、妊婦として働いてみると、想像できないくらい大変なことであった。仕事は妊娠前の5倍も10倍も疲労とストレスが伴った。彼が家事をしてくれていたのに、そんななのだから日本の働くママは、ホントに尊敬すべきである。これは、自分が経験してみないとどれくらい大変であるか決して分かることではないだろう。
仕事でのストレスは私を心配もさせた。妊婦の今は以前よりもちゃんと仕事が出来ていない、テキパキと動けない、子どもを抱き上げる事もできないという自分への苛立ちがあった。同僚の皆は「そんなことないよ。ゆうは 立派に仕事しているじゃない。今はお腹の子どもと自分の健康を第一に考えて。」と励ましてくれたが、それでも自分に満足できない自分がいた。
その反面、もっと安定した精神で子どもを宿って居たいのに、こんな気持ちで子どもの精神に影響を与えやしないだろうか?仕事を一旦やめて、自分の子どものことだけを考えて居たいのに・・・という気持ちでいっぱいの自分もいる。
もっとも悪いことばかりではなかった。
私の妊娠には、友達家族ばかりではなく、大勢の父兄、同僚、そして可愛い子供達が歓迎をしてくれていた。子ども達にはエコーの写真を見せて、これから 自分のお腹がどうなっていくのか、赤ちゃんはいつ生まれてくるのかなどを説明した。子ども達は大喜びだった。
ある子は、学校に来るたびに "Ms Yu, What are you gonna put your baby's name?" (名前は何にするの?)と私に聞く。
ある子は、私に飛びついて抱きついてくるので "I don't want you to do that. My baby will be surprised in my tummy. Gentle hugs, please." (あ、そうはして欲しくないな、赤ちゃんがびっくりするから。優しくハグしてね。)と説明し、少し大きくなったお腹を 小さな手で触らせる。
子ども達は、「お腹大きくなったねー!赤ちゃん生まれるねー!」と喜び、親に話したり、私のお腹を触ったりチュッとキスしたり。。。。 その様子はとっても可愛らしかった。
そんな元気な子どもたちの歌声や笑い声を、私のベイビーもきっと聞いているのだろうなと思うと、それは とっても嬉しいことだった。
だけど・・・・
中期に入り、私は大きな決断をした。
後期にあたる本年度、私は とうとう担当教師を下りることにした。
担当を離れて、少し仕事的に楽で、病院のアポなどの取りやすいポジションへ、産休に入るまで移ることにしたのだった。
それは 私にとって とても とても 大きな決断であり、大変なCHANGEであった。
産休が終る予定の来年春、同じクラスへと戻れるかと思ったが、園の形態も ちょうど変わることになり、今の私の子ども達は 本年度バラバラなクラスへ行く事に。そして産休を約半年取る私は現在のクラスの担当へのカムバックは難しく、パートナーの先生とも離れる事になってしまった。
自分と赤ちゃんの健康を優先して、自分から言い出した決断だったにも関わらず、私の心は泣いていた。今の子ども達と離れる事やこれから起る様々な変化がとても寂しくなった。ずっとやってきた担当を離れることは、非常に惜しくもあった自分が居た。あんなに「やめたいな・・・」と思っていたのに、いざ 担当を下りるとこんな気持ちになるなんて!
子どもが欲しいと願ってきた幸せがやってきたのに、こんな気持ちになるなんて!
「自分の」子どもが可愛い、というのは 普通の親。
他人の子どもでも我が子と同じように愛せるのが 幼稚園の教師。
・・・私は 心から 「教師」になってしまったのかもしれないな、とふと思った。
今は まだ私の子ども達とお別れするのがとても寂しいけれど、これは自分のためなのだ、と時間をかけて(自分自身に)言い聞かせようと思っている。
妊娠・産休・子育てをしながらの仕事は、今までのように 自由に出来ない事が多い。産休でブランクが開いてしまったり、子どもが病気になって仕事にいけない事だってあるだろう。それでも 働くママたちは 今もいる。頑張って、一生懸命 自分と戦いながら 自分に出来る事をこなしていくママ達がいる。そして、私もすぐにその1人になろうとしている。自分のした決断に後悔をしないように、自分の子どもを大切に育てていきたいと、そう 思おうと努力している最中である。
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