Will
それは、おととしのクリスマス時期のこと。べべがまだ1ヶ月のときである。
ある日、私たちのアメリカン・マムが自分の近所で起こった事を話し始めた。
内容はこういう感じであった−−−
20代の知り合いの娘さんは、病気でご主人を早く亡くしてしまった。そして数年後、良い人とめぐり合えて、結婚、子供にも恵まれ2歳の子供がいるが、ある日、ご主人が交通事後で亡くなってしまった。
お葬式で、まだ事情が分かってないその小さな子どもは、キャッキャとはしゃいでいるだけで、それが痛ましかった−−−
なんともクリスマスに悲しいお話である。
マムの話はまだ続き、「・・・つまり、死とはいつ誰にでも起こるもの。あなた達も子供ができたのだから、Willを書くと良いわ。」
Willとは日本の「遺言状」のようなものであるが、内容は「元気で頑張るんだよ」とか「私はあなたがいて幸せでしたよ」といったものではなく、もっと具体的なもの。。。つまり「この土地はあなたに譲る」とか「あなたの養育はXXに任す」などといったものである。
私たちには、今のところべべに残せるものはなにもないのだが、それでも書くべきだと言った。
私は1ヶ月前に出産したばかり、今、この誕生を何よりも幸せに感じていたのだが、自分の「死」のことも考えなくてはいけないのかあ〜となんだか悲しくなってしまった。
自分の子供を実際に持って、その女性のことを考えるとなんとも切なくなってしまったのだ。
もし、自分が死んでしまったら・・・
この子はまだ小さく、私のことなど覚えていないだろう・・・
新しい養育してくれる人のことをママというのだろうか・・・?それじゃ、私が無念だ、悲しすぎる!
しかし養育してくれる人とは・・・?
もしも私たち夫婦が交通事故などで2人ともいなくなってしまった場合、べべは誰の元へいくのかかんがえてしまった。
もし生きていれば、私の両親へお願いしたいが、おそらく私たちが死ぬ時期には居ない可能性が高い。
それでは、兄弟・・・?でも兄弟にも子供が居たら、差別されるんじゃないだろうか?いくら肉親の子供とはいえ自分の子供ではないのだから。。
それなら、アメリカのディンクスの親友夫婦か?この2人ならべべを可愛がってくれるだろう・・・経済的にもかなり裕福だし、大学まで行かせてもらえるだろう・・・
ここで私が結論付ければ、このことをWillとして紙に書き残さねばならない。そして、その用紙はただ持っているのではなく、きちんとした場所でこれが公のWillであるということを証明しておかねばならないらしい。
もしものことを考えると、書いておいたほうが良いのであろう。しかし、私はいまだに書けないで居る。結論つけられないと言うか、なんとも この子を残して死を考えることが とても辛いのである。考えただけで涙が出そうである。とても書けそうに無い。丁度その頃、「北の国から〜遺言〜」をみて、私は人事でなく、涙しながらみていたのを覚えている。
死にそうでも絶対生きなければいけない、とはこのことか。
べべに不憫な思いをさせないためにも この子のためにも 私は もう1人じゃない。勝手に死んではならないのだ、と強く思う。
Willをうまれてすぐに書くなんて、なんとも合理的なアメリカンな考えだと思う。
新しい命が誕生して、「生」を肌で感じているこの時に、すでに「死」を考えることができるなんて。
貴方はWill なんと書きますか?
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