San Francisco

大感謝祭は、ひさびさの4連休。2000年の感謝祭は、毎年一緒に過ごしている友人家族らが、旅行でいないということだったので、「今年の感謝祭には、ターキーなんぞ食べてないで、どっか旅行へ行かない〜??」と、彼を誘ってサンフランシスコへ行くことにした。(でっかいターキー作るのも 結構面倒だったからだったりする。)ひさびさの脱サンディエゴに私も彼もわくわく。直前に決行したので、飛行機ではなく、私の新車で行くことにした。

サンディエゴからサンフランシスコまで車で約9,10時間。距離にしたらなんと515マイル(858km) ! よく、サンディエゴとLAって結構近いんでしょ、と思う日本人がいるが、なんのなんの LA・ハリウッドまでは、車で約3時間くらいかかり、「ちょっと横浜から東京へ」という感覚とは 違うのである。日本列島なんて所詮は、アメリカ大陸のカリフォルニアくらいの大きさしかない、といえば、ここからSFが、どのくらい遠いか分かっていただけるであろう。

決行は、朝方3時。まだまだ暗いうちに出て少しでも空いている道を走ろうというわけだ。まだまだ眠気まなこの私をのせて、彼は時速130km飛ばして、走る。SFまでの道は、ほとんど砂漠地帯が永遠に続く。
飛ばしたおかげで、午前中には SFへ到着した私たちは早速、中華街へと繰り出した。

サンフランシスコには、サンディエゴには無い中華街やジャパンタウンがある。ここらで美味しいものを食べるのも旅行の目的の1つであった。昼間の中華街は、食料品を買いあさる中国人でごったがえしていた。夜になると 観光客の白人らだけしか居なくなる。なんだが昼と夜の差が激しくて可笑しい。

久々に来たサンフランシスコは、都会の雰囲気をかもしだしていた。歩行者がとっても多く、ぶつかりあって歩いていく。狭い道での車の運転は、非常に怖くナーバスにさせる。いっつも渋滞で、なんだか 渋谷を歩いているようだった。高い高層ビル、そそくさと行き交う人々。他人に気にも止めない様子は、どこの都会にもあるような、寂しい感じがしてサンディエガンとは、あきらかに違っていた。 
SFは アメリカで初めてきた土地で、あのときは 小さな可愛い家々も、フィッシャーワンズワーフも ファンキーな車や人たちも なんだが凄くカッコよくて、今までない刺激のようなものを感じたものだった。あれから、サンディエゴに住み着いて居心地良くなってしまった私は、もうあのときのような感覚がなくなっていた。同じアメリカでも 違う、そう感じたのだった。 

ユニオンスクエアでは、朝からSFPD (サンフランシスコ・ポリス・デパートメント)が ものすごく多く あちらこちらに居た。おまけにパトカーまで うじゃうじゃで、余計渋滞を作っていた。
い、いったいなんなんだー、これは!?何が起ったんだ−!!サンディエゴでは 普段見られないような光景に、びっくり。
しばらくして、デモが始まった。
「ウオ−!!毛皮反対ー!!バナナ・りXXリックやギャXプへ行くなあー!!ウオ−!」 動物殺害反対運動の人々だった。血だらけになったクマの写真などのパネルをもって練り歩く。ポリスたちは、彼らが バナナ・りXXリックやギャXプなどへ 入り込んで暴走しないようにガードするために 大勢出動しているらしかった。しっかし、あんなグロイ写真を、子供達だっているのに街中で持って歩くなんて、いいのだろうか?? 食べるために殺すのは いいのか!?? 

サンフランシスコは、同性愛結婚が認められてる数少ない都市で有名でもある。知り合いのゲイなんかも「サンフランシスコへ行く!!」とはりきっていたし、きっと ここは 「男性に優しい町」なんだろう。気のせいか、男が多いのも非常に気になる。どこのカフェやデリカテッセンへいっても、黒いエプロンのウェイターばかりで ウェイトレスがいない。男性ばっかりなんて うふ ☆ とサンフランシスコ移住計画の頭をよぎったあなた、ここの男性が 女性のあなたに興味があるかどうか、分からないことをいっておこう。ゲイの町は、カストロタウンだが、同性愛者の男性にかぎって、めちゃくちゃかっこいいのが とっても悲しい。彼らがキスをしていても ほんと 美しい・・・。そんな光景をよだれだして見ている私は ほんと みっともない・・・。

次の日は、ジャパンタウンへ車で行ってみる。久しぶりに、お好み焼きなんぞを レストランで食べてみて嬉しくなる。ジャパンタウンは、紀伊国屋とかあって、ちょっとした「日本」に居る気分を味わえる。日本のベーカリーで、「チョコペストリー」や「コーヒーロール」などを買ってみる。うう、やっぱり日本のパンは 美味い!!遠くはるばる来てみて良かった〜!と嬉しくなる。また、ここで 日本のシステム手帳の中身(2001年用)を購入。う、こんなものまで売ってる〜!!!
日本のシステム手帳は 小さくて可愛いものが多い。気にいって何年も使っていた手帳があったのだが、米国へ移住してから数年で毎年友達へ頼むのも疲れ、使わなくなってしまったのだった。2001年こそは また日本のシステム手帳を使えるぞー ♪ ジャパンタウンでは、この他 「沖縄産 黒糖ロール」なるものを始めいろいろ日本の食料を購入し、私は かなり嬉しくなっていた。クレープ屋さんまであって、「おおー!!!」と いよいよ興奮状態にまで達したのだが、その前に 回転寿司やへ行き、結局 腹いっぱい、クレープは食べ損ねてしまった。む、無念・・。

その後、ゴールデン・ゲイトパーク内にある 日本庭園へ行き、美しい紅葉を満喫してきた。温暖のサンディエゴは ここほど気温差がないため、やっぱりこのような紅葉を見ることは出来ない。日本庭園では、「これでもかあー!!」というくらい、ジャパンチックが、凝縮されていて、彼は 横浜の三景園より良かった、と言っていた。やはり、外国人には、こてこてじゃないとダメらしい。

サンディエゴへ帰る途中に、モントレーという小さな町へ立ち寄ってみた。モントレーは SFと違って自然が多く、住みやすそうな街だった。ここにもフィッシャ−ワンズワーフがあり、クラムチャウダーとクラブサンドウィッチを、ランチに食べる。
今回の旅は、ここでは買えないものも買えてよかったが、改めて 「サンディエゴって ほんと住みやすい街やね〜」と実感する旅でもあった。



 
モントレーへと続く道