個人の権利
アメリカでは入園する前に、色々な書類にサインをしてゆきます。虐待の通報、写真などを撮る許可書、アレルギーや怪我の報告・・・。そして、Personal Rights、個人の権利についてのサインも必要です。
これは、子供の権利はどんなときにおいても守られるべきである、という国民の権利に署名をするもので、この Personal Rights は 社会人になっても働く前に署名をするなど ずっとついてきます。子供でも乳児でも一個人の人間として、園においても尊厳された扱いを受ける権利を持っているのです。
ある寒い冬の朝、こんなことがありました。
「お外へ行く前に 皆 ジャケットを着ましょうね!」私がそう声を掛けると、それぞれ皆自分で ジャケットを取りに行き着ようとします。皆が着終わっても まだ 1人トレーナーでうろうろしているマックスの姿がみえました。
「マックス、今日は 寒いからジャケット着ようね。」と、彼の荷物入れをのぞいてみても 同じようなトレーナーしか入っていません。私は、学校用のジャケットを彼に着させようとしました。
マックスは、「いやだあー 僕のじゃないー!!」と言って泣き出しました。
「マックス、だけど あなたはトレーナーしかないみたいだよ。おうちに忘れちゃったんだね。だから学校のを着ようね。」そう言っても、「いやだああー!!」と着るのを嫌がります。
(まだ2歳の彼にトレーナーのまま 外へ行かすのは寒すぎる)、そう思った私は、彼にパッパと 学校用のジャケットを着せて外へ出ました。
マックスは まだぐずっていました。
そこへ 同僚がきてこんな話をしてくれました。
彼女が前に居た幼稚園のある女の子は、いつも水着のような薄着で学校へきていました。
ある肌寒い平日、先生達は 嫌がる彼女に上着を着せて遊ぶよう言いました。ハワイじゃあるまいし、カリフォルニアといっても、水着姿では確かに寒すぎて風邪を引いてしまうでしょう。
それを見たディレクターは、すぐさまその教師の行為について、園の承認委員会(教育委員会のようなもの)へ報告したのでした。ディレクターの思惑は、「嫌がる児童に無理やり、服を着させた。これは、個人の権利が守られていないものにあたる。着たくないという児童の権限が尊重なされていない。」ということでした。
承認委員会では、この教師の行為は、「個人の権利を守っていないもの」、と判断を下しました。この女児への上着着用の強制は中止され、水着で来る児童に 教師は何も言えなくなってしまったのです。もし、風邪を引いてしまったら それは個人の責任で、教師の責任ではないのです。この場合、女児の管理にあたるのは その親にあたり、やはり教師ではなく親が上着を着用、または水着でない服装をさせるよう管理が必要だったのです。
それを聞いて 私はなんとも納得しがたい驚きを感じました。そんなふうにまで「個人の権利」を主張するなんて!!寒い思いをしたり、風邪を引いて困るのは、子供なのに、子供のためと思ってやっている行為が、時として罪になったりすることを知りました。
個人の権利とは、同時に「個人の責任」をも持ち兼ねています。少なくとも、私はそんな米国社会にいるのだから、これを機に自分の行為には充分注意をし、児童の権利について考えなければいけません。
まだグズッていたマックスを連れて教室へいき、ジャケットを脱がして、トレーナーの上に、彼の持ち物入れに入っているトレーナーを着せて外へ一緒に出ました。
トレーナーが二重になって、モコモコしているマックスは、「僕の緑のトレーナー ♪」と機嫌よく 遊びだしました。
子供の名前は仮名です
|