レジオ・エミリア教育
シュタイナーやモンテソーリ教育は今や多くの教育者や親に知られていますが、イタリアのレジオ・エミリア教育は まだまだ 世界的には浸透していません。
歴史的には浅いイタリアのレジオ教育は、アメリカ幼児教育では新しい教育法として着実に浸透しています。そして質の高い教育を目指す園の多くが、このレジオ・エミリアを取り入れて実際に教育しています。私の園でもレジオ教育を取り入れ、子ども達に徐々にその効果が出てきています。
私は このレジオ・エミリア教育に今、大変感心があり模索中です。今回は、このレジオ教育について書いてみましょう。
レジオ教育とは、北イタリアにあるレジオ・エミリアという小さな街で始まった教育のことを指します。ここでは、デゥーイ、ピージェット、ヴィゴットスキー、ブルーナーといった有名な教育学者の影響を受けて街のコミュニティー、教育者、父兄達が協力しあって子どもたちの教育に力を入れています。
街の支出の12%を学費資金に充てられ「最高の教育」を目指しているのです。
ここでは、障害児や母子家庭の子どもなどが優先的にレジオ教育を受けられることになっています。
レジオ教育の何が現代の園と違うか、の1つには 教室内がまるで家であるかのようにアットホームな造りにしてあることです。カーペットやカーテンを上手に使い、教室にある各エリア(エッセイ:楽しい教室参照)を仕切ったり、アクセントを置いたり・・・。プラスティックのおままごとではなく、小さな陶器の食器を使い、花瓶、家族の写真、藤のカゴなどが多く木製の家具などを使ってます。
今まで考えられてきた子どもの色=カラフルな色、ではなく、ホワイト系、ウッドカラー、自然な色を基調にしておちついた空間を作っています。
子どものアートの素材も出来るだけ自然に近いものを使用し、肌やにおい、感触といった五感を大事にしたアートを提供します。
子ども達はそれぞれが目的をもって それぞれの「制作」に取り掛かります。例えば、ある子どもが公園で水車を見たときに、「なぜ水車は回るのか?」という疑問を持ったとします。数名の子ども達が加わってその問題の解決へと「制作」するのです。
水車を粘土や絵で表現したり模型をつくって、テストしたり・・・。写真をとり、観察したり、水車を実際作ってみようとするのです。この作業にはだいたい数ヶ月かかり、ようやく子ども達自身で水車を完成、やがては「水の圧力により水車は回るのだ」ということを園児たち自身で理解するのです。
このような高度な教育は、毎日の積み重ねによるものであって、イタリアの子どもが特別天才という訳ではありません。「制作」を通して、子ども達は算数、言葉、サイエンスなどの学習もやることになります。これはまさに Hands-on Experience といえましょう。
ここで日本の幼稚園の制作と違うのは、「子ども主体」であることです。あくまでも制作の内容や目的などは子ども達の発想によるものなのです。ですから、完成時期もそれぞれに異なりますし、こういったこと以外にも「子ども主体」の保育がされています。
教師はこういった制作における過程で子ども達を観察し、よきアドバイサーとなります。決して答えを教えず、子ども達が答えに持ってけるよう言葉かけをしてゆくのです。
その1つにWebがあります。
Webはアメリカの教師もすることですが、1つからあらゆる方向へと可能性を膨らませる方法です。例えば、「雨」なら「天気、水、海、空、風、雲、水滴・・・」という風に。
このWebを、子ども達の制作に沿って沢山書くことで、子ども達がどういう方向へ向かっているのか分かることが出来ます。教師は何も言わずして子供達の先を行っているのです。
これは、教師にとってとても時間のかかる作業です。イタリアでは、こういった保育以外の作業の時間も任務として毎日行っているのです。そして、父兄も 積極的に参加しています。
また、代表的なレジオ教育に Documentation (観察パネル)があります。
Documentation (観察パネル)はただ目で子ども達を観察してゆくだけではありません。子ども達の会話を録音し、様子をビデオで撮り、カメラにおさめてゆきます。子どものアート作品なども保存します。
その日の仕事の後、教師達は集まりそのビデオを見ながら、子ども達の能力や目的などを話し合います。子ども達の会話は、文章として記録し、パネルへと制作をします。
パネルには、日付、目的、子どもの会話、画像などを盛り込みます。
パネルを作ると、それぞれの子どもの能力も見えてきます。そして前回のパネルと比べてどのくらい どの分野が成長しているのかということも分かります。
子ども自身もパネルを見ることにより、記憶が蘇り、ただ毎日を過ごすだけでなく意義のある生活をするようになります。パネルを見ることにより、父兄は子供の日常での成長を知ることができます。
パネル作りは、短期間では決して出来ることではないです。しかし、その努力は、教師自身の成長にも繋がります。
レジオのクラスでは混合クラスが主流で、数年にわたり、同じ教師、同じクラスメートと過ごすことにより、それぞれの成長を長期間に渡って観察する事が出来ます。混合クラスでの年齢の上の子ども達は、下の子どもの世話を見ることが出来ます。ジャケットを着させてあげたり、靴をはかせたり、あれこれとマナーを教えることが出来ます。下の子ども達は上の子ども達に見習いながら、マナーや言葉の能力など早く覚えるようになります。今度彼らが上の立場になったときには、同じことを下の子どもにしてあげることができます。
混合クラスはいわば 誰もが昔経験したような「近所の子ども達」のような関係です。上の子がリーダーになりながら、年齢関係なく遊んだ昔の思い出は、きっと誰もが持っているでしょう。
家族の中では、いつも「長男」という役割を持っていても、教室では「弟」的存在になれたりします。
また、1っこの子どもでも兄弟のような関係を築くことができます。
年齢が違うため、「出来ない子」を仲間ハズレにすることもありませんし、「出来ない子」も劣等感を感じることもありません。教師としては年齢の違う子ども達にいかにバランスよく教材を与えるかが難しい所ですが、同じ年齢同士よりも大きい子たちの周りにいると、色んな事にチャレンジすることが分かりました。
レジオの教育は、きっと近い将来、日本にも浸透されてゆくと思います。
イタリアのレジオは、日本とアメリカの両方の良さを上手に取り入れたような教育だと思ってます。
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