親子留学 〜The Final Answer〜

2週間目、私はEllyさんにお昼寝OKサインを出した。「今日、お昼寝してみて ダメだったら明日は半日に戻してみましょう。」とEllyさんに話す。仕事を持つアメリカンママの場合、そんな風にフレキシブルにはいかないが、今回はEllyさんの自由が効くし、みうちゃんのための園生活である。みうちゃんの心の準備が最優先なのだ。

みうちゃんは、ランチもおかわりするほど、毎日良く食べ、そしてぐっすり眠る優良児だった。ある日のランチには、あの噂のグリーンケチャップが出たが、他の子同様 平気でチキンナゲットに付けて食べていた。 アメリカでは、好きな人形やお気に入りのブランケットが持参できる。みうちゃんもLAのディズニーランドで買ってもらったというバンビのぬいぐるみとミッキーのブランケットをもって、園にやってくるようになった。トイレはかなり遠く、1日数回しかいかないが、自分でちゃんとトイレに行く時間を分かっているようだった。 朝の別れには、少々ずぐるもののママの姿が視界から消えると、パッと変わって私に「あのね、昨日 バンビみたの。ピョンピョン!」と笑顔で話す。他の子同様、彼女も 「朝の儀式」(*1)が分かっているようだ。私のことを 「ティーチャ−」と呼んでいたみうちゃんも 他の子に"Her name is Ms Yu!"と言われ、"Ms Yu"と名前で呼ぶようになった。

アメリカの教育でもある「自立」にはどんどん慣れていった。最初のころは、"Miu, could you trash your plate, please?" (みう、自分のランチは自分で捨ててね)というと "No, thank you." (いいえ、結構です)なんて答えるので笑ってしまったが、しばらくすると自分から進んでランチの後始末をし、遊具のお片づけなども キチンと出来るようになっていった。

最初のころ、他の子にシャベルを取られたこともあった。何も言えず私に訴えるみうちゃんに、"You need to tell what you felt. Can you say 'please give me back'?" (自分で思ったことを伝えなくっちゃ。「返して」って言ってごらん。)というと、"Can you say 'please give me back'?"( 「返して」って言ってごらん。)と相手に伝えるので、みうちゃんらしい・・と可笑しかった。
いつのまにか、自分で言い返したり、他の友達に別のおもちゃをあげ、シェアをするみうちゃんの姿が見られるようになった。

きっと皆さんの興味でもあるみうちゃんの英語はというと、3週間で驚くほど進歩していった。
パート1のエッセイ:The First Day で" I want mommy!" と話していたみうちゃんは いつのまにか " I want to see my mommy." というセンテンスを使っていた。"Put it in here." "I'm up here!" などみうちゃんは、以前使えなかった前置詞を理解するようになった。前置詞は おそらく、多くの英語を勉強している日本人が苦手なものであり、in, at, off, into, on, from, by....など なかなか出来ないようである。全てが英語環境になってからみうちゃんの英語にも きちんと前置詞が入るようになっていった。

my home, his toys など人称代名詞を付けるのも忘れない。日本語では特に いちいち「私の(ママ)」と言わなくても「ママ」だけでわかるのだが、英語で話すときには、人称代名詞は必ず必要になってくる。2日目(エッセイ:Adjustment 参照)のあの事件のおかげ(?)で、みうちゃんは 救急車(ambulance)という単語も学んだ。園生活からは、Pottyなどの幼児語も身についていった。サークルタイムでのストーリーには、最初のころは、分からないからか飽きて退屈にしていたが、最後の方には他の子ども達と一緒にお話を聞きながらゲラゲラ笑う。

また、週末には サンディエゴ動物園など行っていたようで、動物園で見た動物の名も英語でどんどん覚えていった。"I saw a giraffe! it's big." (キリンを見たの、おっきかったー!)と嬉しそうに話してくれた。(注: 正しくは It was big である) 親子で過ごしたサンディエゴ生活の中からも沢山英語を身につけていたようだった。

彼女が、なぜこんなにも短期間で英語が身についたかというと、彼女はもう既に英語思考回路と日本語思考回路を上手く使えるからだ。英語で話すとき、聞くときには英語で考え、日本語のときには日本語で考える。頭も良いので、1度教えるとどんどん吸収していった。パートナーの先生はもちろん、他の同僚も「日本に居るのになぜ英語が出来るの?」と驚いていた。3週間目には、ここで過ごしても全然問題ないくらい彼女のアメリカ的自立も英語も身についていた。

みうちゃんの英語には日本人には聞き取れないかもしれないが、アクセントがある。
アメリカの現地の子と比べると彼女の英語は2歳半児レベルといったところだろうか。これはバイリンガル環境にいるので当然といえば当然なわけで、これからはサークルなどの先生たちが、もっと同じイミでも違う言い回しをどんどん使っていけば、ワンパターンな英文はもっと幅がつくだろう。もっとも みうちゃんほど英語を使えない大人の日本人は沢山いるのを知っているが・・・。
文法上の間違いはあるものの みうちゃんは、おそらく英語での生活でもさほど困らないであろう。自分の意志は、相手に伝えるだけの英語の力は持っている。

これからの英語教育だが、4歳になるとアメリカの子どもは急激に単語を覚え、センテンスも長くなってくる。みうちゃんも新しい単語をどんどん教え、長いセンテンスで話し掛けられるよう周りの配慮が大事になってくると思う。それからアルファベットの書き方だ。絵本を沢山読み聞かせると、もっと英語を操れるに違いない。

さて、3週間目にあたる週はアメリカでは THE WEEK OF YOUNG CHILD という子どもの週間だったので、私の園でも特別イベントが毎日あった。PAL (*2)が考えたもので、毎日少しだけ変わったことをして過ごす事になっていた。ある日は、変わった帽子を被って過ごしたり、またある日はTシャツを裏表や後ろ前に着たり、パジャマで過ごしたり・・・。勿論教師もディレクターも参加する。パジャマデーには、田村正和まっさおなダンディバスローブをジャケット代わりに着てくる男の子もいた。皆パジャマで、教師もパジャマやラフな格好でこの日は過ごし、なんとものんび〜り過ごした。みうちゃんは、ジンベイサンを着てきた。これは ヒットだった。とっても可愛かった。

木曜にはPUPPET SHOW (人形劇)もあってあるプログラム団体が、幼稚園へ来てくれた。この人形劇は ただ楽しいだけでなく、大変内容の濃いものだった。
ショートストーリーの1つは、ベトナム人の子がからかわれるから、名前をアメリカンにしたい、という始まりから最後には「(名前の)発音が難しくてもそれは自分のルーツなのだ」というものや、2つめはダウン症の子どもも 皆友達、怖いことなんてないんだよ、というものまで色々あって、黒人やスパニッシュ、めがねをかけている子どもから杖をついている子どもまでいろんなタイプの子どもがいて それを分かりやすく説明しているのだった。みうちゃんも他の子どもたちと一緒に笑ったりしながら楽しんでみていた。

最後の日、金曜はちょっとした父兄参加のイベントが外庭で行われた。ポップコーンやアイスクリーム、クッキーなどを出したり、ゲームやタトュ−まで出来る子ども達のためのイベント。これはPALが考え企画をしたものだ。私のクラスでは、紙袋を使って帽子を作るブースを出し、親子で楽しむアートだ。
普段、金曜に来ない子どもも親と一緒に来たり大勢の父兄が子ども達と一緒に参加していた。Ellyさんにとっても こんなアメリカらしい催しを見るのは新鮮だったかもしれない。みうちゃんは、もうすっかり「アメリカッ子」になっていた。

Ellyさん、みうちゃん、私のクラスに来てくれてありがとう!

Ellyさんからみたみうちゃんの幼稚園留学日記は こちらから


様々な人種で繰り広げられるPuppet Show。中央後ろの子は、つえをついている障害児。


(*1)朝の儀式 ・・・ 朝、親と離れるときには一応泣いてみせるが、見えなくなると泣くのをピタリと止めニコニコ遊びだす。ほんとは、大丈夫なのにママにお別れを悲しんでみせる。ママのほうも、すがってくれるとちょっぴり嬉しかったりして・・・(笑)

(*2)PAL・・・クラスの役員のような父兄。詳しくは「ママトーク」を読んでみよう!