親子留学 〜Adjustment〜
大事な初日が最悪になってしまった みうちゃんの幼稚園留学は、それでも続いた。
2日目の朝、案の定みうちゃんは既に泣きながら登園した。親から離れるのはいやだ、いやだ、と泣いていた。Ellyさんには、「昼寝を園でするのは もうちょっと様子を見ましょう。」と言い、みうちゃんがもう少し幼稚園で安心して過ごせるまで彼女の気持ちを大切にすることにした。
Ellyさんは「すぐ戻ってくるからね、楽しんでね。」とみうちゃんとお別れをした。みうちゃんは、「ママどこへ行くの?」と聞く。「ちょっと病院に行って来る。」とEllyさんは説明をする。
−チョット ビョウインヘ イッテクル・・・−
この言葉は、みうちゃんをタイソウ心配させた。(ママは どこか悪いのだろうか・・?)(ママは病気なんだ・・)Ellyさんと別れてからみうちゃんは、「ママ、病気? ねえ ママ 病気?」と私に何度も聞いた。私には、病院がウソである、と分かっていたので「大丈夫だよ、すぐに帰ってくるよ。」と答えた。
その日、私たちはクラスのガーデンでできた野菜でサラダを作るクッキングアクティビティをした。みうちゃんもプラスティックのナイフでセロリを切ったり、レタスとちぎったりすることに夢中になって泣くのを止めた。
そのとき外から救急車のサイレンが鳴るのが聞こえた。ビクッとするみうちゃん。
「ママ 救急車・・?」病気のママは きっと救急車に乗っているのだと思ったに違いない。
そして、小さなみうちゃんは、知らない国で、パパも(まだ)いないのだから、自分がママを助けなくちゃ、と相当に心配をしていた。"Mommy is sick, mommy is sick."(ママは病気)と彼女があまりに心配をするので、パートナーの先生も「彼女のママは アメリカに治療に来たの?」と心配するほどだった。みうちゃんは、思いやりがあり責任感の強い子だった。
クッキングが終わると、自分をもてあましたのか"I go home! I go home!" (おうちへ帰る!)と言い持参のバックパック(リュックサックのこと)を持って教室から出て行こうとした。これには、私もちょっとびっくりしてしまった。「教室から勝手に出て行ってはいけないのだ」と伝えるとワンワン泣き叫んだ。
昼になり、Ellyさんが戻ってきて今日の様子を伝えると、実家に預けるときにはいつも「病院へ」と言っているらしい。だから、病院へ・・と言ったのだが、それはみうちゃんをかえって心配させてしまった。次回から「ちょっと行ってくるけどすぐ帰ってくるから」と言うように薦めた。どこへ行くのか?はそれほど子どもにとって問題ではない。周りの子ども達も みうちゃんに "Don't worry. Mommy is at work. She'll be back." (心配ないよ、ママはお仕事だから。すぐに帰ってくるよ。)と話していた。後にはやがて、みうちゃんも "Mommy is at work....." (ママはお仕事なのか・・)と考えるようになったのだから。
変化が出てきたのは、3日目からだった。 Ellyさんは「朝は寂しいみたいだけど それでも学校へは行く!と言うんです。」と教えてくれた。みうちゃんは、なかなかの頑張りやさんである。
Ellyさんとお別れをして見えなくなってから、みうちゃんは「ママは帰ってくる?」と私に聞く。
"Yeah, she'll be back soon. If we have a fun without crying, your mommy would be happy." (ママは帰ってくるからね、泣かないで楽しく過ごせたら、ママ きっと喜ぶよ。)と英語で答える。みうちゃんは、コクリとうなずいて Play Dough で遊びだした。大分、「学校とはなんなのか?」ということを理解してきたようだった。その日から、笑顔の数が少しずつ増えていった。
みうちゃんは、年齢の割には集中力のある子どもで、アートがとても好きなようだ。 幼稚園では色んなペインティング、シェービングクリーム、氷やノリ、Play Doughに、粘土も使って様々なアートを楽しむ。それは、家庭ではなかなか出来ないアクティビティであり、初登園の子どもの多くが新しいものを見るかのまなざしで興味を示す。アートと同時におやつのテーブルがあり、また理科や算数などのアクティビティも別に用意する。 おままごともレゴもブロックも、みうちゃんは好きなことを好きな時にに好きなように遊べるのだった。みうちゃんは、ほとんど毎回アートには必ず参加をし(やりたくなければ強制はしてない)おままごとやネックレス作り、ブロックなど色々なことに好奇心をもって遊んでいた。
私には、この時点で既にかなり懐いていた。私の行く先々に、ちょこちょこついて来て、「あっちであそぼ!」と私といつも遊びたがったので、私はみうちゃんに「マッチングフレンド」を考えることにした。マッチングフレンドとは、教師が子どもに合いそうな友達と上手く遊ばせることを指す。
初登園の子どもは、大抵どちらかの教師に懐き、その教師といつも一緒に居たがる。 アメリカでは、「教師は友達」だ。子ども達は教師を「せんせい」とは呼ばず名前で呼ぶし、私たちは子ども達を「友達」と呼ぶ。だから私と居ることは、それはそれで良いのだが、子どもが同じ年齢層の友達を見つけられたとき、子どもはもっと園を楽しむことができるであろう。
みうちゃんに合いそうな2歳後半のAちゃんに、"A, Can you make a cupcake for Miu?" (Aちゃん、みうちゃんにカップケーキ作ってあげたら?)とみうちゃんとAちゃんにおままごとエリアで遊ぶよう促した。Aちゃんは、"OK!" といい、みうちゃんと遊びだした。
私もそこで一緒に参加する。そうすると他の子ども達も集まりだす。"Ms Yu, I gonna play with Miu."
(ゆうさん、ボク ミウと遊んであげるよ)と4歳の男の子がいう。大きな子どもたち(4−5歳)は、華奢なみうちゃんを、「小さな子」と判断したようで、髪を撫でたりハグをしたり優しくしようとした。みうちゃんは、触られるのがいやで "No!" と拒否をした。"No!" がはっきり言えれば、彼女はアメリカの教育でやってゆける。(頑張れよ〜 みうちゃん)私は心の中で そうつぶやいた。
The Final Answer へと続く
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