入院生活
入院生活といっても たったの2日間のことなんだが。
私にとっては、初めての入院生活である。いや、生まれた時を数えると今回が2度目である。
不謹慎だとは思うが、子どもの頃しょっちゅう入院をしていた弟が少し羨ましく思ったことがある。
(入院っていいよなあ〜、いつでも寝てていいし、学校行かなくていいし、そのうえお菓子やおやつまで食べれるし、好きな雑誌や漫画を読んでTVもお母さんも独占できる。そのうえ友達もお見舞いにきちゃったりして。内科は食事制限があるからいやだけど外科ならいいかも。あ〜、いいなあ、私も入院したいなあ〜、)と高校生くらいまでは時々憧れていた。
怪我や大病がなかったのは、本当に幸せなことであるのだけれど、今回出産によって入院できる!という事で、たとえ2日間だろうとも実は密かにワクワクする気持ちも多少あった。
だから、病院行きへのバッグには、チップスやベビースターなども入れ、まるで旅行気分である。お守りを信じている私はちゃ〜んと安産守りも忘れずに入れて。
お産が割と楽であった為、私の病院生活はスムーズに始まると思われた。
ところが、個人部屋をリクエストしていたにも関わらず、ちょうどその日は「お産ラッシュ」だったため、個人部屋に空きがなく、部屋は別々だがバスを共用するという部屋になってしまった。
これにはがっかりしたが、「個人部屋は、出産が困難だった人や帝王切開、高齢出産の方優先」ということで超安産だった私には入る余地がなかったようだ。それでもとりあえず、明日開いたら移動したい、とリクエストだけして部屋へ移される。
私の部屋には、ベッドにもなる椅子とTV、それからテーブルなどがあったがそんなに部屋は広くは無かった。
べべも一緒に新生児用ベッドでやってきてすやすや眠っている。
アメリカンファミリーや友達から花やぬいぐるみが届く。友人らが大勢次から次へと駆けつけ、私はとても眠かったのだが、興奮も手伝ってあまり眠れずに時間が経ってしまった。そして、夫や友人としばらくべべを抱いたり写真を撮ったりしながら過ごしていたらあっという間に夜。
この夜がキツカった。
夜になり、ずっと開いていた共用するもう1つの部屋に赤ちゃんとママが入ってきて、私とべべが寝ている時間、隣はずっとドタバタと騒がしかった。べべは、あまり泣かなかったのだが、この赤ちゃんが、いかにも「赤ちゃんらしく」オギャ−オギャ−と泣き叫ぶ。男のコのようだった。
そして彼が泣き止むと、今度は こっちでべべがフニフニと動き出す。私は、彼女がちょっとでも声を出すと、すぐに気付いてしまうようになっていた。友達も去った今、母乳が上手くあげられない。ナースを呼んで手伝ってもらう。麻酔がきれて、下半身がちくちく痛む。薬を何度か飲み、トイレにもよく行くようナースに言われる。夜中じゅう、べべが泣くと夫が抱いてあやしたり、私があやしたり、結局その夜は ちっとも寝付けなかった。
どうしても眠いのに、べべのことが気になって不思議とすぐに眠れなかった。今までの私の「のびのび太」はどこへいった!??
次の日には、新米両親へのクラスがあった。希望者だけ赤ちゃんと一緒に参加できるのだが、バスの入れ方やへその緒(*1)の消毒の仕方、病気にあったら・・?などのことを説明うける。私もべべと一緒に参加したが、隣のママに抱かれている赤ちゃんは ギャ-ギャ-とクラス中ずっと泣き通し。べべはそんな中でもスヤスヤ寝ていて良いコであった。
昼食中から始まってこの日も夜までビジターがひっきりなしに訪れた。男性軍は、「あまりに小さくて怖い」から抱く事ができず。女性軍は、「可愛い-!ちっちゃーい!」と皆抱きたがる。その合間を縫って、夫もずっと彼女を抱いていた。彼は もう既に彼女にメロメロだった。
2日目夜。
彼もかなりヘトヘトになっていて、次の日の夜は「ちょっとだけ家で仮眠してきて良い?」といい、夕方6時頃家へ帰ってしまった。べべと私2人だけの時間。彼が今までやってくれたことを1人でしなければいけない。
・・・当然、この夜も眠れるわけが無かった。
その次の日には、もう退院である。本当はもう少しゆっくりしていたかったのだが、居座るわけにもいかぬ。
憧れの入院生活とももうお別れ。。。
午前中に、SSN(*2) や出生証明書の手続きをする。
私の場合、日本国籍も取るための書類にドクターのサインも必要であったため、ドクターにLA領事館から予め貰っておいた出生証明の用紙にサインを貰う。
そして、小児科の先生が赤ちゃんをチェックし、産婦人科の先生が私をチェックし異常がないか確認。
病院での記念フォトを撮り、ナースがちゃんと車にベビーカーシートがついているかを確認してから、帰宅である。このとき、病院のドアまでは、親でなく、ナースが赤ちゃんを抱いて、引き渡すことが義務のようだ。
赤ちゃんの小さな足についているベルトのナンバーと私の手についているナンバーを確認、赤ちゃんについているセキュリティアラーム(*3)を外し、「ありがとうー。さようなら」といって帰宅した。
プレゼントされた新しい綺麗なベビーカーに、今日は べべが乗っている。べべはその小さな頭をこっくりしながらスヤスヤ眠って自宅についた。
私の両親が、「自宅に帰るときに着て」という真っ白なドレスを贈ってくれたが、この日サンディエゴはとても暑く、ドレスを着ると汗かきそうだったので、ドレスはフォトを撮ったときのみ着、帰宅のときは日本の肌着を着て帰ってきた。
たった2日前、慌てて出たいつもと変わらない部屋に、べべをつれてはいる。なんだか変な感じがした。
私と彼、2人の家に赤ちゃんがいる。彼女はまだスヤスヤ眠っていた。
そして、そこから私たちの新しい生活が始まったのである。
ダディと同じグリーン色した目のべべ
(*1)へその緒・・・英語でUmbilical Cord。アメリカでは退院が早いので、退院前にへその緒が取れることが少なく、自宅に戻ってもしばらくはついている。よって、両親がきちんとケアをしなければいけない。べべの場合、2週間以上へその緒が取れず、ずっとお風呂に入れなかった。彼女のドクターは、消毒はしなくて良い、ということで何もしなかった。
(*2)SSN ・・・ソーシャルセキュリティーナンバー。社会保障番号でアメリカでは生まれてから全員もつ事になる。
(*3)セキュリティアラーム・・・ここの病院では、赤ちゃん全員にアラームを取り付け、赤ちゃんは勝手に外に出られないようになっている。万が一誰かが誘拐した場合、エレベーターに犯人が乗った時点で自動的にエレベーターはシャットアウト、止まって動かなくなる。また、おむつを変えるときアラームが外れやすいので、誤って外れると一応念のため、ナースが誘拐ではないか確認に来る。
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