言葉(3歳)
しばらく更新をしないでいたら、あっという間にべべの3歳時代が終わってしまう。
というわけで、その後のべべの「言葉」の変化を書き留めておくとしよう。
べべは もうすぐ4歳、バリバリのプレスクール世代である。
先日、録画していたべべのビデオを見て改めて思ったのだが、去年の今頃のべべのしゃべりは、「べべ語」と言われるくらい
周りの人には意味の分からない言葉ばかり話していた。
単語は英語、日本語、トルコ語、それぞれに色々知っているものがあったけれど、混ぜて話したり日本語も英語も幼児的発音だったため、ほかの人には聞き取りにくかったのだった。
べべはそれでもおしゃべりで、積極的に周りの子供たちに話しかける。時々、「チャチャチャチャチャ」とふざけて返されたり、日本でも「こいつ、日本語わからねーよ」と園児たちに逃げられたりしたこともあった。
そんな風に言われる度に、べべは寂しそうな顔をして黙ってこっちを見た。私は少し胸が痛くなる。
べべに3ヶ国語教えてもいいのだろうか・・・? そんな不安がなかったといえばウソになる。
英語だけの子や日本語だけしか話さない子供たちは、この年齢 大人ともかなり会話が成り立ってくるというのに、周りの人にべべの話はぜんぜん伝わってない。べべだって、1ヶ国語のみで育っていたら、ほかの子供たちのように話せたであろう。
このまま、話せなかったら・・・?学習に支障がでたら・・?
でも「いや、まだこれからだ。きっとこれから 3ヶ国語 うまくなっていく。」
そんな想いをいったりきたり。。。。
けれど、希望のほうが、不安より少しパーセンテージは高かったと思う。希望というよりは「願い」だったかもしれない。
・・・・大丈夫、おしゃべり好きなべべだもの、英語だってきちんと話すようになる・・・・
3歳になり、べべはプレスクールへ週2回通う。
ここで彼女の英語はどんどん上達していった。もともと、積極的に友達を見つけ明るい子なので、先生や友達と会話をすることでどんどん上達していったのだと思う。
学校へ通い始めて半年すぎたあたりで、友達のママさんたちに「べべの英語上手になってきた。(意味が)分かるもの。」と言われるようになった。
アルファベットは、3歳4ヶ月のとき、一緒に「文字の教え方」のワークショップに参加したら見事に名前のアルファベットから書き始めた。
今では大文字・小文字を全部読め、書くほうは分からない文字は「こう」と別用紙に書けばそれを手本に書くことができる。
テキストで勉強することが楽しいようで、「お勉強の時間」といって机に向かってアルファベットや数字、数えたり色を塗ったりなどテキストを使ってやっている。毎日「10分」くらいが飽きがなくて良いのだけれど、割と長く集中してやるので、「もっとやりたい」と20分くらいはやっている。(しかし、毎日ではない)
絵本の読み聞かせはできるだけ毎日やっているが、やや日本の絵本の方が好きみたいだ。
それでも英語での文章会話がクラスメートより劣るし、特に "How" "Why" 系の質問にうまく答えられないことが多いので、学校ではそれを中心に指導してもらうようお願いしてある。今年の秋からは週3回、プレスクールへ通いだし、詩の暗唱などやっていて、毎月新しい詩を暗記しては、家でも披露している。
週3の英語に対し、日本語は週1。しかし、日常会話は日本語のみだ。
週1、ほかの子供たちとまぜて日本語を教え始めた私。日本人が多い割には、この近くに日本語の教室がないこと、遠くまでの送迎を考えたら「それでは私が教えましょう。」と手探りではあったが、友達と教室を開く計画を始めたのがきっかけだ。
参加してくれることになった子供たちの大半が、「ほとんど日本語での日常会話に支障がない」レベルであることは、私にとってラッキーだった。
いろは教室のことはまた詳しく別で書くとして、この子供たちと日本語で遊び、絵本を沢山読み、歌を歌ったりすることでべべの日本語もずいぶん上達した。お友達のママさんたちに「べべちゃんの日本語、本当に上手だよね。」と言われることが多くなった。いろは教室ではひらがな書きもやっているので、自分の名前や友達の名前の頭文字など認識、あいうえおも全て言える
ようになった。が、書く方は まだ「なぞり書き」がほとんど。読めるのは「ん」「の」「は」など、つまり文章に「よく出てくる文字」のみである。
これはゆっくり教えようと思っている。書く方は、義務教育である英語がまず先、ひらがなは後でも良いと思っている。
TVではドラえもんや宮崎駿作品の映画DVDを日本語で見たりしている。ドラえもんをしばらくよく見ていたため、自分のことを「ぼく」と言っていて、長いこと注意しても「ぼく」だった。「わたし」と時々言うようになったのは、最近のことだ。このように、「環境」から入ってくる日本語が少ないため、間違いもある。
興味深いのは、2006年前半は、弟との会話や一人遊びでは英語が多かったのに、後半からほぼ日本語のみである、ということだ。
そして母親である私と英語で話すのを嫌がる。英語で問いかけても日本語で答え、「お母さん、XXは日本語でOOO」などと答える。
(そう、彼女は私のことは お母さんと呼んでいる。)
寝言も一番多いのは日本語だが、時々 トルコ語で呟いているのも聞こえるので、どんな夢なのか、それによって言語が変わってるのかもしれない。
また、この夏あたりから父母の間での「通訳」なる行動もするようになった。私と夫がいる前で、父親にはトルコ語で話し、私には「お母さん、パパはXXXだって。」と日本語で教えてくれるようになった。
つまり、このあたりから トルコ語はパパとしか会話しないし、母親には日本語、そして学校へ行くと英語を、と「使い分け」できるようになってきたのだった。
トルコ語はパパとの会話以外に、月2回「トルコ語学校」へ通いだした。
トルコ語の学校があるのは、あまり知られてないし、私たちもつい最近まで知らなかったのだが、意外や意外、結構SD在トルコ人家族って多いみたいだ。
この学校も在米日本人同様、「自分らの母国語を子供たちへ!」という願いでボランティア的要素で作られたようで、クラスは大まかに2つあり、3〜小学低学年、小学中学年〜大きい子供、としか分かれていない。先生もその団体のお母さんが教えていて、一体どんな内容なのかは、トルコ語をあまり知らない私には把握できていない。
夫はトルコ語で絵本をあまり読まないが、DVDはいくつかあるため、べべは時々 トルコ語のアニメを見ている。
夫がいうには、べべのトルコ語の発音は上手だ、ということだ。単語数は英語と日本語に比べると がくんと減るが、なんとか父親とはトルコ語のみで会話をしている。
また、お友達のインド人のママがいうには、べべは 彼女の娘さんの難しい発音の名前をインド人同様の発音で発音できている、ということだ。彼女はそのことにとても驚いていた。「インド人の子供にだってこの発音って難しいの。なのにべべちゃんは1度できちんと発音できていたのよ。」私にはその違いがあまり分からないのだが、もしかしたら、べべは色々な発音を耳にしながら3歳まで育ったので、その発音の違いがきちんと聞き分けできているのかもしれないと思った。
細かい発音の違いは3歳まで、ということはよく聞く。
べべはとてもよく頑張っていると思う。これから4歳時代へ突入するが、ますます器用な言い回しが増えてくるだろうし、学習的にも 例えば「宇宙」とか「海の生き物」など普段の日常会話にはない分野への興味もでてくる年頃になってくる。英語力もここからどんどん周りの子供たちは伸びていく年齢になってくる。このまま無理をしないで、3ヶ国語を興味持ってくれたら・・・と願うばかりである。