アジア人のドミニックB(1年後)

ドミニックが選択性緘黙と診断され、セラピストに通うようになって約1年が過ぎていった。
彼にはあれから目覚しい進歩が見られた。

夏が過ぎた頃から、友達はどんどん増えていきいつしか彼は 男の子同士グループで遊ぶようになっていった。
以前だったら見向きもしなかったのに、朝ドミニックが教室にやってくると、「ドミニック!ドミニック!」と他の子ども達が駆け寄ってくる。
サークルタイムの Information Time (*1) でも率先して手を挙げ、皆の前でも恐れずに発言できるようになっていた。 時には、他の子ども達と教室内で騒ぎ、先生に怒られる事もある 他の子どもと変わらないドミニックになっていった。 私たち教師とも普通に会話をし、彼の会話能力も ほぼ 同年齢の児童と変わらない。今や彼は普通に英語も母国語も操る事が出来る。

一番大きな変化は、彼の顔に始終笑顔が見られたことだった。
自信のある顔、友達と遊ぶのは楽しいと分かった今、彼の顔は自信に満ち溢れている。
彼への指導は、今はもう 普通の子供達と同様でも問題がないように思われた。

ある日、彼のママがやってきて ドミニックは今月いっぱいで退園をする、と告げられた。
ドミニックの両親は、基地内に住んでいて、もう2年以上基地内の安いデイケアへの入園を待っていて今その時が来たのだった。しばらくドミニックは私のクラスと、基地のデイケアと曜日を変えて通っていたのだが、今完全に移行できることになったので退園をする、ということだった。

沢山友達が出来て、彼の能力も向上し選択性緘黙も回復されたかと思われた今、さよならをするのは 少々残念だったが、基地内に空きが出来たのなら仕方ない。前から空きを待っていたのは知っていたからね。。。
私たちは 彼と友達の沢山の笑顔の写真と一緒に「グッバイ」カードを書き、彼に渡す事になった。
ドミニックには、新しい学校へ行っても 沢山お友達を作って、その笑顔と自信をなくさないで欲しい。彼ならきっと、もう大丈夫だろう。。。

"See you and good luck to your new school life, Dominic." 最後は明るくお別れをした。

選択性緘黙には終わりが無いかと不安になる人もいるだろう。だけど諦めないで欲しい。
道は必ず続いている、光はいつか見えてくる、だから 諦めないで欲しい。
子供達に自信が出てきたとき、彼らは必ず「話す」という勇気を持つ。
子供達に友達が出来たとき、彼らは必ず「話す」という喜びを知る。
だから、負けないで。。。
あなたのやっている努力は 必ず実るから。。。

子供の名前は仮名です

(*1) Information Time・・・アメリカでは、ディスカッションなどが沢山あり何も言わないよりは何か述べる事が好まれる。私たちも幼児期から個々の発言を大事にしている。子ども達は手を挙げ「週末行った場所」や「好きなこと」など自由になんでもプレゼンテーションができる様になっている。それに対し、その他の子ども達も手を挙げ「質問」をする機会を設けている。個性尊重の一貫である。