アジア人のドミニック@(スピーチセラピストについて)
アジア人のドミニックは、とても物静かな男の子だった。彼は2歳の頃から、毎週1回半日ほど園に通いだしたが、彼の口から言葉が出ることはほとんどなかった。陽気なアメリカンの子ども達にまじって、ドミニックは泣くことも無かったが、笑うこともほとんどなく、1人何やらいつもアクティビティをしたり、ボーっとしているような子どもだった。
そんなドミニックを私が担当することになった。彼は相変わらず話もせず、かといって特に悪さをするとか手がかかるわけではなく、クラスの中で彼は「存在感のない」子どもとしていつも脇役にいたと思う。「ドミニック、トイレ行こうね。」といえば、ちゃんとトイレにも行くし、昼寝もきちんとする。
英語での理解はあるようだったが、決して言葉を出すことはなかった。
私は、彼がアジア人で母国語が他にあるため、英語ではあまり話せないのだと思っていた。
一度、母親に「彼は学校では、ほとんど会話をしませんが、英語は理解できますか?」と尋ねた。すると、母親はドミニックは家ではよく弟と話しをする、ということだった。
こういうことってよくある。
親にとって、子どものマイナス部分を受け止めるのは辛いことだ。最初は、たとえ障害があっても否定し、そんなことはない、と受け入れず、「いつかきっと良くなる・・・・」とただただ願うのだ。
私はその程度に考えていた。園では誰とも会話をしないのに、家ではおしゃべりなんて そんな訳がない、と・・・。
友達も特に居ないうちに彼もようやく3歳の誕生日を迎えた。
3歳になったと同時に、彼の両親はドミニックを IEP へ申請し検査をうけさせた。
私は、そのことに喜んだ。ドミニックの言語能力はスピーチセラピストに委託すれば、きっと良くなる、と思ったからだった。ドミニックが全く話さないのは言語能力の問題であり、それは彼の社交性をも影響させる。現に、子ども達にとっていつも隅にいるような彼は視界から消えているように、彼へ言葉かけをする子どもさえいなかった。
そんなある日、彼の IEP の専門家から連絡があり、電話にて彼の園での様子を詳しく説明した。すると、「ふーん、そうなんですか。。。それは興味深いですね。。。」と相手はつぶやいた。担当教師のどちらか1人検査に参加してください、ということだったので、パートナーの先生が行くことにした。彼の検査結果がとても心配だった。
数時間後、パートナーの先生が帰ってきたので、「どうだった??」と聞くと、「うん、興味深いことが分かったわ。」という。なぜ専門家と同じことを言うのか そのとき、私には全く分からなかった。
まず、 IEP では このプログラムを受けるに値するか(能力が他児童に比べて劣るのか)調べる必要がある。一般的に、「おかしい」と思われる能力を中心に、それだけではなく全ての能力を観察する必要がある。例えば、言葉がおかしい、と思われてもそれは言語能力だけでなく、舌やあごに異常があるのかもしれないし、筋肉に問題があるのかもしれない。耳かもしれないし、それは全て検査してみないと結果が出ないからだ。
ドミニックの場合も、スピーチセラピストは勿論、ソーシャルカウンセラー(社交性)、フィジカルセラピスト(運動能力)、IEP担当者、両親、ホームドクター、担当教師等によって形成されている。マジックミラーの中には、おままごとセットやおもちゃなどがあり小さな「教室」のような安心感のある部屋になっていて、そこへ子どもは移動し、それぞれの専門家とのやり取り、しぐさ、動作などで検査されるのようになってるのだ。子どもには、当然 これが検査だとは気づくはずなく、まるで遊んでいる中で検査が行われる。
パートナーの先生がいうには、彼は「言語能力レベルはやや劣るが IEPを受けるほど低いということではなく、参加できる権利がない」と判断されたということだった。これには、私はあまりにも予想がつかず意外な回答だった。
それは検査中 なんと、その小さな「教室」の中では、彼はとっても楽しそうでペラペラと英語が出てきたからだった。
「まあ、まずは彼とちょっとやり取りしてみてください。」と専門家に言われ、パートナーの先生も入っていく。「ハイ、ドミニック。何をしているの?」いつもなら、こんなことでは絶対に何も言わないのだ。なのに、その検査のときには、「今ね、パンケーキ作ってるんだ。」とペラペラしゃべりだしたという。そして、最後に「じゃあ、教室で会おうね、またね。」とハグをして帰ってきたのだった。
「そんな馬鹿な!?彼はここ1年話したことないじゃない!?どうしてそんなにそこではしゃべったんだろう?彼は喋れるの?」私は パートナーに聞く。
「分からないけど、彼は本当に私とも あそこではよく喋ったわ。私もびっくりよ。」と彼女は少し興奮して話してくれた。
彼には何か異常がある。だから話さないのだ。専門家が少しでも彼を助けてくれたら絶対よくなる、と思っていただけに参加できないと言う事には私はがっかりした。
「専門家が言うにはね、もしかしたら、彼はまだ園や他人には、壁を作ってしまってるのかもしれないというの。(話さない)と決めたか、それか、(話す必要がない)と決めてしまってるのね。。。」彼女は 考え込んでる私に話した。
幼稚園では、毎日スケジュールが決まっている。時間になったら外へ行くし、昼にはランチが出てくる。考えようによっては、黙っていたって何もかも満たされてしまうのだ。おむつが濡れれば取り替えるし、お腹がすけば、ランチやスナックがある。そして、私たち教師はいつのまにか彼を「話さない子」と思い込み、無意識に彼との会話のやり取りをしなくなってしまったのかもしれない。
「アートやろうか?」と彼を誘い、黙って彼はアートをする。「ドミニック、教室へ入る時間ですよ。」そんな言葉かけは、会話には繋がらない。Yes/No の質問をしても答えないから、答えを待つのを止めてしまっていたのかもしれない。
小さな弟のいる彼は、家庭では話さないと欲求が満たされないのかもしれない。「このおもちゃで遊びたいよ。」「のどが渇いたよ。」自己表現をしなければならないという状況が、彼を家庭では話し、幼稚園では話さない場所、と決めてしまったのかもしれない。勿論、母親の愛情、親密さということもあるのだが。
「。。。いつのまにか、彼を「存在感のない子」としてしまったのは私たちで、
それを見てる子ども達は彼に話かけをしなくなってしまったのよ。。。」と彼女は私に話した。
ドミニックの両親は、英語にアクセントがあるものの会話には問題ない。だが、彼らが園の行事に参加することは1度だってなく、両親も他のアメリカ人と親密になるようなこともなかったようだった。ドミニックは、家庭では兄弟や親戚の子ども達とは遊ぶものの 他人の友達とは遊んだことが無い、ということだった。
彼の父親は、「本当にうちの子は異常ないでしょうか!?もっとよく調べてください!!」となかなか診断に納得がいかなかった。父親も園や他人との様子を知っているだけに納得がいかないのも当然だろう、と私は思った。
だが、彼はこういった。「私の長男は自閉症です。長男がまだ幼稚園のときに調べてもらったが、専門家は皆(異常が無い。きっと大きくなったら良くなるから)といってそれを信じてきた。そして 今 長男は自閉症と診断され、学校にも行くことが困難なほどなのです。次男もまたそうならないように、私はきちんと診断してもらいたいのです!」と・・・。
私はこのことを聞き、泣けてきそうになった。
自閉症の子どもを1人もつと、「下の子どもたちもそうなのでは・・?」と疑いをしまうのは当然のこと。そして次男だって友達を作らず、全く話さないのだから・・・。
彼らはきちんと検査したに関わらず、当時は何もナシ、と判断されたのだ。そして、その結果が自閉症だったのだ。
IEP をきっかけに、私たち教師は、今後彼の能力に力を入れることにし、観察しながら、両親とも少しずつ打ち解けていった。彼は個人的にスピーチセラピストに通うようになった。ドミニックには、できるだけ どちらかの教師が1対1で話せる時間を持ち、会話のやりとりをしたり遊ぶようにしていった。それを繰り返していくうち、先生を頼って近づいてくる子どもたちも増えていった。彼の「存在」を知らせることにより、子ども達も彼の「存在」に気がついていったのだ。
約4ヵ月後、彼はある男の子と遊ぶようになっていった。恐竜で遊んでは「ガオー!!」などと言うようになった。笑顔も増えていき、汗びっしょりかくまで外で遊ぶようになる。
変化が急に見られたのは、8ヵ月後、別の友達が出来てからだった。
同年齢のコービィと友達になってから、彼らはいつも遊ぶようになった。コービィはとても社交性が高く、言葉の能力も発達している。そんな彼と一緒になることになり、ドミニックはついにコービィとおしゃべりをするようになったのだった。最近では、「ドミニック、静かに!」とたしなむほど、大声を出す。こんなに大声を出すパワーをもっていたなんて、それを引き出したのはプロな教師でもなんでもなくて、小さな小さな友達だったなんて・・・。
幼児期において、ある意味 友達というのは大切な存在であり、良くも悪くも影響力を持つ。乱暴な友だちとばかりいると、大人しい子も乱暴になったりすることだってある。「真似」というのはある意味、幼児期にとって大切な学習でもあり、友達をきっかけにドミニックの言語能力 及び社交性に変化がみられてきた事は、喜ばしいことである。
ドミニックは、私たち教師とは今だ会話をすることがないが、幼稚園生活が楽しそうなのは一目了見である。そして、これからも続くドミニックの成長に、私たちは努力していかなければならないのである。
子ども達の名前は仮名です。
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