障害者の教育
アメリカは 障害者に対する権利・教育が、もっとも進んでいる福祉国家の1つと言われています。
大学では多くの障害者が、私たちと同様のクラスを受け、学位を取得していましたし、法により障害であることを理由に採用や雇用において差別をするのは違法であると、定められています。
私が大学構内で、アルバイトをしていた時も、車いすの大学生が いっしょに働いていました。彼女は、座った位置から出来る仕事をし、手の届かない場所は私たち健常者がサポートするだけで、平等の扱いを受けていました。
歩くことの出来る私たちには 気づきにくいですが、アメリカの公共施設は、すべて車椅子でも不自由ないように作られています。階段と平行して、通路をもうけたりエレベータがあったり、バスにも段が自動で降りるようになっていたり、ドアの下には段差が無かったりします。車社会のアメリカでは、障害者も車を運転することになりますが、車台数の何%は、障害者専用パーキングにしなくてはいけない、など きめられています。
スーパーには、電動 車いすが置いてあり、車いすの方はそちらを使います。その車いすには、ショッピングカートがついています。
幼児教育の障害者の教育に関するクラスを受講していたとき、教授の「かつての 優秀な教え子」ということで、ある人がプレゼンテーションに訪れました。彼女は、Cerebral Palsy(小児まひ)の障害を持っていました。障害者から見るアメリカの教育という面で、彼女の話はとても興味深いものがありました。
彼女の話では、20数年前、彼女は普通の園に入園しながら、スピーチセラピストなどに特別教育を受けながら幼少時代を過ごしていたそうです。Cerebral Palsyとは、誕生時や脳からのダメージにより、筋肉や脳などに障害をうけてしまう病気です。そのため、彼女は 言葉を話せるようになるために、セラピストが必要でした。筋肉の発達の遅れにより、当時上手く歩くことが出来なかった為、歩行器を使っていたそうです。その後、専用の靴で練習をしたそうですが、そのころは その大きな靴のことを 回りの子供達は からかい、イヤで仕方なかったそうです。
幼少の頃は、そうやって 皆よりも「エクストラ」の教育を受けたり、歩きにくい専用靴は とても不便だったそうですが、こうして今 歩けるのは そのとき練習したおかげだ、と彼女は言いました。彼女は 現在、大学の学士を取り、結婚もして、障害者へのサポートをする仕事に就いているそうです。明るくて、健常者となんら変わらないような事を 人一倍努力してやってきたという印象を受けました。
私たちは、「Children are children first.」という認識のもとに、教育をしています。つまり、障害児は「障害」よりも まず「子供」なのだ、という認識が必要ということ。子供なのだから、他の子供と同じように 色々な経験をさせるべきだということ。その時に、ちょっと手助けが必要なだけで、幼児期には 幼児期にしか出来ない事を 経験させてやるべきだ、ということ。 すべての子供が、個性的でスペシャルで、愛すべき存在である、ということ。それから、障害児を持つ家族や両親へのサポートや理解も必要であるということ。
法的には、アメリカでの障害者への教育は どうなっているのでしょうか?
1975年、米国では、障害者の権利が確立しておらず、身体的、精神的障害者は 公共から隔離されていました。障害を持つ者は、障害者の学校へ通い、健常者といっしょに教育を受けることはありませんでした。
1990年、障害者の親達の努力により, "Individual with Disabilities Education Act" (IDEA) の 権利(法:101ー4761)を 勝ち取る事が出来ました。これは、法により下記の権利を定めるものです。
@ 3才から21才までの障害のある子供は、無償で教育を受けることの出来る権利。これにより、特別教育、障害者用テキスト、スピーチセラピストなど 無料で受けることができる。
A 障害者も 平等の教育を受けるべきだという権利。 アメリカの大学などでは、手話や点字によるサポートや授業、ノート記述代理人や 授業内容のサポートなどにより、健常者とともに 皆 一生懸命 勉学に励んでいます。
B 障害の診断は、性・人種・障害の差別なく 妥当に行われるべきである権利。広範な障害診断は、最低 年に1度の観察と共に、3年毎に行われること。(この診断により、障害者は 無料で受ける特殊教育を勝ち取ることができる)
C Individual Education Program (IEP) により、障害者の親は "平等でかつ個人的に" 障害者のための教育や勉強会に参加できること。
2才以下の乳児には、Individual Family Service Plan (IFSP) が与えられ、親とプロフェッショナルと共に 協力してその子供の発育を高めるというプログラム。
現在、障害児には 3つのタイプの教育の場を選ぶことが出来ます。1つは、障害者専門の学校、2つ目は、複合教育、3つには普通の学校とセラピストの併用です。
@の学校には 障害専門の教師と設備があり、環境的には 最高となっています。デメリットとしては、児童は障害児のみなので、健常者との接触が薄れるということです。
Aの複合教育とは 障害者は健常者と共に教育を受けることを指します。手話などが出来る教師とともに、セラピストと 障害者用環境が整っています。たいてい、複合教育のクラスの10ー30%は 障害児となっています。これは健常児にとっても メリットがあり、このような環境で育った子供たちは いじめも少なく障害者にたいして理解があり、精神的平等な立場を上手く作る事ができるようになります。複合教育の公立幼稚園や Head Startなどがそれに当たります。
Bでは、健常者と共に教育を受けるのですが、特別教育やスピーチセラピストなどの平行により 障害児をサポートしていくものです。デメリットは、教師は障害児専門ではないこと、設備環境などが 健常児用になっているので 不便が考えられるということ、それから健常児が多いために いじめなどが 起こらないか心配があるということです。
どの教育にもメリット・デメリットがついてまわるので、それは子供、親、セラピストとの正しい判断により、それぞれに合った教育を選ぶのが大事だと思います。
このような 障害者に対する法律が確立されてから まだ10年しかたっていません。今後、ますます 障害者が活躍出来る場を 私たちは確立してゆくべきでしょう。それから、大切な事を1つ。もし、あなたのお子さんが、障害者を見て、「ママ、あの人はなぜ 足が無いの?」「どうして車のイスに座っているの?」など聞いたり、指を指したら
「シッ、あんまりジロジロ見ちゃダメよ。」「いいから 早く歩きなさい!」などと言って 言葉を濁して質問を避けたり遠ざけたりしないこと。このような態度は、子供にとって「話しちゃいけないことなんだ・悪いことなんだ」という印象を与え、大人が話さないこと = 悪い人たち など ネガティブな印象を与えかねません。もし、アメリカだったら、「じゃあ、あのお兄さんに聞いてみようか。」と一緒に、本人に直接質問をさせても 多くの人は不愉快に思わないでしょう。
もしそれをためらっても 後で 一緒に 障害者について分かりやすく話し合うのも良いでしょう。子供は、ただ無邪気で好奇心があるだけです。学習とは 好奇心と探求から生まれるものですから 良い機会だと 前向きに受け止めましょう。
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