産後ブルー

今までは1,2週に1度くらいしか電話していなかったのに、べべを出産してからというもの私の母親は毎日電話をかけてきた。
「どう?べべは 何してる?」「調子は良くなった?」
毎日の会話なので、話すことといったら大抵がべべと私の様子である。
産後3日目、いつものように電話で話していて私が何気なく、「母乳のみで頑張ってるんだ-」と言ったら、母は仰天した。
「え?ミルクもあげないの?ちゃんと母乳足りてるの?」と疑わしい声で聞く。
私はその質問に、正直驚いてしまった。
「は?ちゃんと足りてるよ。。。。」
「。。そう?でも 止まる事だってあるんだし、ミルクもあげないとなかなか置いて出かけられないんだし。。」などとぶつぶつ言っていた。

電話を切った後 私は、とても嫌な気分になった。
私は、3日前 出産したばかりである。
プレミルクから濃いミルクに変わったばかりで母乳でがんばっているのである。
母乳とは、精神や脳とすごく密な関係にあって、ちょっとでも落ち込んだりストレス溜めたりすると出なくなったり、少なくなったりするという。
一体、新米ほやほや3日目マミーの何人が、「自分の母乳は充分足りている」なんて自信もっていえるだろうか?

病院では、べべの体重にも問題なし、母乳に関しても右のおっぱいが少し痛くなってるものの何も言われなかった。「足りてるよ」と答えたものの、本当に足りているのかどうかなんてわからなかった。
なぜなら、左のおっぱいはミルクがポタポタと零れ落ちているくらいなのに右は、マッサージしてもすこーしでてくるくらいである。(右は大丈夫なんだろうか・・・・?)私は、電話の後、その母親の一言でとても不安になってしまった。

その日はただしずかに考え込んでしまい、夕方 同じく母乳100%のアメリカ人の友達に電話をかける。
「左のように右のミルクがでないような気がするんだけど。。。」私は母との電話の事情を話した。
「少しでもマッサージでミルク出てるんでしょ?大丈夫だよ。ゆうはちゃんとやってるって!」と電話口で元気な声がかえってきた。
「・・・うん、わかった。大丈夫だね。。。」私は涙声になっていた。
(ちゃんとべべは飲んでくれているの?私はちゃんと母乳あげられているの?とまっちゃったらどうしよう。。。?)そんな泣く事では無いと分かっていながらも 涙がポタポタ落ちてきていた。私は精神不安定になっていた。
「ち、ちょっと、泣いてるの?大丈夫?分かった!今からすぐにそっちへ行くから!I'll be right there!」といって彼女は電話をきった。

30分後、彼女はPumpをもってやってきた。
「さあ、これ買ってきたから。一緒に母乳でてるか、やってみよう。」
彼女はそういって、Pumpを組み立て、私の右のおっぱいにあててみる。
スポスポ、Pumpを引っ張ってみると、ミルクはどんどんあふれ出てきた。
「・・・ほらね、見たでしょう?あなた 大丈夫なのよ。こんなに出てるじゃない。」
私の心臓はドキドキしていた。涙がまたでてくる。そっか、大丈夫だったんだ。。私 ちゃんと母乳でてるんだ。
「ありがとう」そう、友達に言うのが精いっぱいだった。私はとても不安だったのだ。あんなこと言われて、1人で不安だったのだ。
「やっだー、もうこっちまで泣けてきちゃうじゃない!分かるよ、私も母乳って分からない事だらけだったから。これは私からのプレゼントだから、Pumpあげるね。」

私はこういう友達には、アメリカへ来てから出合った。
日本には沢山親友がいるけれど、仕事や家庭のある女友達が、深夜や夜電話ですぐに駆けつけてくれる、なんてことはなかった。相手には相手の都合があるんだから、そうやって遠慮して電話で「会いたい」といえない事もあった。アメリカの私の友達は、必要なとき、どうしても私が必要なとき すぐに駆けつけてくれる。それが夜であろうとも、遠慮せずに電話ができる。
日本人とは日本人の付き合い方がある。だから仕方ないのだ、と私は思っている。だけど、アメリカに来てからこうやって私を想ってくれる友人たちがいるってことに、本当はとっても感謝している。

今振り返れば、私はブルーだった。産後で精神がとてもセンシティブになっていた。そんなときに、母乳がちゃんとでている人に対して、「後で出なくなるんじゃないか」とか「足りているのか?」っていう否定的な言葉を投げかけるものではないと思う。もっとポシティブないい方があるんじゃないかと思う。母もそんなつもりではなかったのだろうが、私のためを思ってかけている言葉なら、私が欲しかったのはこれらの言葉かけではなかった。

今では、平均以上に体重が増えすくすく成長しているべべに、彼女の小児科ドクターも驚き、私の100%母乳はうまくいっているので心配はしていない。

他にもブルーになったことがある。

それは初めての自宅での夜。
すっかりへっこんだお腹で、もうなにも動かないことに気づいた。
毎日まいにち、約半年間 ポコポコいっていたおなか。あれでどれだけ寝不足になったことか。
うつぶせになれなくって、なんと不便に思ったことか。
でももう それはない。

思えば、初めての妊婦生活は幸せに満ちたものであった。初めてエコーでべべを見た日、性別が分かった日、初めてポコ。。と動いた感触、彼とお腹を触って笑いあった日々。。。

もうそれはないんだ。

ずっと生まれることを待ち望んで、べべに会える日を夢にみて、こうしてべべが無事誕生したのに、もうお腹の中で一体化されないことを悲しく思った。
べべはもう べべ自身の人生を歩き始めたのだ。

へんなの。

当たり前の流れなのにどうしてこんなに悲しくなるの?
矛盾していて、しかもこんな風に考えるなんておかしいと、彼に知られたくなくてブランケットに隠れて涙した。
多分、これがブルーというものなんだろう、と思いながら。。。

最初は色々不安定になるものだ。
けれど、それでも赤ちゃんは起きる。泣く。マミーを必要とする。泣いている暇などない。
そして、それからすぐに良くなってくる。
毎日、べべとの暮らしを楽しむうちに私のブルーも流れ出ていった。