バイリンガル教育

おそらく、私のサイトに来てくれる方の多くが興味あるテーマ:バイリンガル教育。
いったい、どうやったら バリバリのバイリンガルに育てられるか? アメリカや海外に居たら子育てをするにあたって、多少なりとも つきあたる問題ではあろう。

私の幼稚園にも バイリンガル環境の下で育てられている子ども達がいる。一番多いのが、スパニッシュと英語、それから中国語と英語や アフリカやドイツなど両親の1人の母国語、日本語など・・。
現地幼稚園なのでどれも 英語プラス@といったところだ。

小さいときから海外で暮らしていたりすると簡単にバイリンガルになれるであろうと、割とたやすく日本在の日本人は考えがちだが、自分の経験や子ども達を見ていてもそう簡単にはいかないものである。そう考える人に限って、日本語しか話せないのに、「アメリカで過ごしていたの?あら、まー 英語ペラペラね。」などという。「ペラペラ」ってなんだろう?と私はいつも思う。

日常会話が話せるくらい?仕事が英語で出来るくらい?それとも新聞や小説を、のめり込んで読めるくらい? 一体、どのくらいのレベルが「ペラペラ」の意に値するのか、私にはさっぱりわからない。

バイリンガルで育てるにあたってどうしたら良いか!?という答えは1つではない。「これをすればバイリンガルになれます!」というものがあったら、私も知りたいくらいだ。教育経験からいって、バイリンガルになるには、子どもの性格や特徴、環境などにより、それぞれに合う方法があるように感じる。つまり、子どもそれぞれによってバイリンガルになるかならないか?は違ってくるのである。

人間の聴力は、約3歳までで止まる、といわれている。つまり、3歳までに聞いた言葉の発音は聞き取るのに問題ないが、それ以降に聞いた発音はなかなか覚えられない(又は聞き取れない)のである。 だから、乳児のころから、日本語と英語(又は他言語)を常に聞かせてあげることは大事なのかもしれない。

一人一言語といわれ、親のどちらかが日本語を常に話すことも大事であろう。そして配偶者が英語(又は他言語)で常に会話をする。簡単そうだが、実はこれが一番難しい。アメリカに住んでいる人なら分かるだろうが、回りは英語、自分も英語を話せたりすると他の人も会話にはいってきたりして、英語でないと悪い気もするし、子どもも大きくなって日本語がおっくうになったり日本語を話さなくなると、結局親も面倒になってきて英語で受け答えしてしまい、やがては日本語のレベルはかなり劣る・・など そんな話はたっくさんある。

  だからこそ、親の根気が大切だし、一度日本語を習わせたいと思ったのなら 相当な努力を要する。
数年ごとに、日本や現地を行ったり来たりして覚えさせるのも手かもしれないが、これは結構経済的に裕福でないと難しいと思うし、中学、高校・・と続くうち、子どもの環境も変わってゆくので語学だけのためにそんな移住は難しくなってくると思う。アメリカには補習校という週1の日本語学校があるので、平日は現地校(英語)で週末は補習校(日本語)というお子さんも多いだろう。
これは子どもにとって言葉だけでなく、教科の学習もあり、かなり負担がかかる。「どうして出来ないの!?」「ちゃんと宿題はしているの?」など、子どもを責めてばかりいないで親も 子どもがどのくらい大変なのかをちゃんと理解する必要があると思う。子どもの生活にはバランスが大事であり、言語習得ばかり力をいれて精神面のストレスから目をそらしてはいけない。

また、バイリンガル環境に居る子どもの多くは、両方の言葉を話しだすのが一ヶ国語環境の子どもより遅い。これは二つの違った言語を一度に吸収してゆくため、一ヶ国語のみの子どもより二倍の時間を要する為だ。だから、うちの子は言葉が遅いなど心配するかもしれない。二ヶ国語環境の子どもは、言葉を発するのは遅いが、大体 しばらくすると、スラスラと2ヶ国語両方とも言葉が出てくるというケースが多いので、辛抱強く そのまま努力するのがいいと思う。また、子どもによっては、2ヶ国語環境のせいで、精神不安定、思考回路が混乱したりストレス過度になるケースもあるので子どもの様子を充分注意しながら、のびのびと育ててほしいと願う。

特に小学生のあたりから、駐在や移住などで新しい環境になるとストレスになることも多く、言葉だけでなく教科学習の遅れにもなったりするので、担当教師やカウンセラーと常にコンタクトを密に取りながら一番子どもにとって良い環境を見つけることが大切だ。

さて、私の場合、夫の母国語がトルコ語ということもあって、いつか子どもが出来たら、 英語、日本語、トルコ語の3ヶ国語を習わせたいと願う。私自身、バイリンガル教育はまだ未知であって、どうなるか分からない。だけど私たちの両親と話が通じないようでは寂しいし、出来る限りトライリンガル(3ヶ国語)環境を与えて、それが将来、子どもにとってのルーツであり誇りに思って欲しいと願っている。

以前の私はというと、バイリンガル教育はあきらめていた。どうせ英語環境で育つのだし日本語が出来なくても、無理に話せなくても良いじゃないか、と考えていたのだった。
そんな私が、「子どもにはぜひ日本語を!」と思い直したある出来事があった。

それは彼の同僚に会って話したことから始まった。
同僚はサンディエゴ在の日米ハーフ 3x 歳。彼の母親は日本人、海軍だった父親はアメリカ人というよくあるタイプ。見た目はハーフというより日本人なんだが、日本語はまったく話せないし、興味もない。それでも中学までは沖縄などで育ったそうだが、それでも基地の学校へ通っていたので日本語が出来なくても問題はなかった。日本料理は大嫌いだし、ステーキなどアメリカンな食べ物を好む。

彼の両親は離婚していて、現在は母親と兄弟と暮らしているそうだが、彼はこんなことを言ったことがある。
「僕の母親は日本人なんだけど、日本語を教えてもくれなかったし習いたいとも思わなかったさ。だから僕も兄弟も日本語なんて出来ないけど、母親は毎日仕事のあと、日本語のビデオ(*1)を借りてきて1人で見ているんだ。1人で日本食を食べて、日本の番組をいつも観ているんだ。」
この話を聞いたとき、ただ1人 彼の母親が日本の番組を観ている様子を想像すると、なんだかとっても寂しくなった。アメリカンな子ども、いつまでも日本な母親・・・。
そしてなんだかそれは、寂しい気もした。
日本のビデオは借りたことは無いが、週1度の日本のドラマは、私が1人で観ているし、日本のドラマは大好きだ。夫は、分からないし退屈だ、といってこの1時間だけは私は1人で観ている。
子どもが出来て、日本の文化や日本語、日本の歌やドラマを分かち合えないのって なんだか寂しくないか?彼の母親は、夫もいないで、子どももアメリカンになってしまって、それって彼女の抱いていたアメリカの人生だったのだろうか・・・?

私は、その話を聞いて以来、バイリンガルについては 色々自分なりに考えてしまったのだった。

生まれてもいないのに、子どもには日本語を絶対話せるようになって欲しい、と夫はいう。私に100%日本語で会話するように、など 指図をする。これが実は、ちょっと自信がないのだ。
子ども達に英語で教えている私にとって、日本語で上手く子どもと接することが出来るのか、自信がない。友達とは日本語で話せるのに、子ども話すとどうも上手くいかない。
園にいる日本人子息と日本語で話すことがあるが、「今日は暑い一日ですよねー。」など、なぜか丁寧語になってしまう私。子どもとなんだからもっとラフに話したいところだが、なぜか丁寧語、しかもおばさん同士の会話のような話し方である。話した後、ちょっと恥ずかしくなり、ハテ?子どもには、なんて話したらいいかな?と考えてしまう。私の今後の課題であろう。

(*1) 日本語のビデオ ・・・海外には、日本人のための「日本のビデオ」屋さんというのがあって、日本で放映したドラマやバラエティーなどTV番組を中心に録画したレンタルビデオ店がある。ここでは、1泊$3くらいで割と最新のTV番組を観ることができ、在米日本人の心のオアシスとなっている。