ベンジャミンの成長

ベンジャミンは、2歳以前から 既に落ち着きのない子だった。乳児の頃はよく泣き、2歳になると、昼寝の時間も他の子のようにベッドに横にならず、キャーキャーいって走りまわる元気すぎる男の子だった。
本の読み聞かせの時間にも、座って話を聞くことがなかなか出来ずに、あっちうろうろ こっちうろうろ、色んな道具箱や遊具をかたっぱしからひっくりかえして、それを楽しんでいた。
他の子どもを怪我させることもあったが、自分が怪我をすることも多く、とにかくベンは、目の離せない子だった。

ベンには愛らしいところもあって、教室に入っていくと決まってすっとんできて、ハグしてくれる。
"Ms. ユウー!!"と叫びながら、駆け寄ってきて転んで泣いたりするベン。彼はとても私に懐いていた。抱きついたり、"Mmmmm 〜!!"といってキスしたり、背中や足にまとわりついて、他の先生たちも「今日は、ベンはどう?大変?」と私に聞くのが挨拶がわりになるほど、私とベンはいつも一緒にいた。

しかし、ベンは私の言うことなら聞くか、というとそうではない。やっぱり、私と一緒でもじっと座れないし、高いところに登ろうとしたり、とにかく目の離せないことばかりした。
"That's teacher's touch!" (それは先生が触るところだよ!)"The puzzle stays on the table."(パズルは 机の上だよね。)同じことを何度も言い、また同じことを何度もされた。彼が居ない曜日といる曜日では、疲れもぐんと違ってきて、正直、彼が懐くのは、嬉しい反面複雑な気持ちだった。

  彼が2歳のクラスへあがったと同時に、偶然私もそのクラスを担当することになり、またもや彼と一緒に過ごす事になる。2歳ともなると、ベンだけでなく他の子も噛み付いたり、自己主張が激しくなったり、トイレットトレーニングも多くなるため 私は彼だけを見てまわることは出来なくなった。 クラス全体がとっても忙しくなり、またその中で、彼は 彼なりに相変わらずの調子だった。

  「おやまあ、ベンは Handfulな子ね。」他のママさんたちが 囁く。あっちこっち動き回っては、おもちゃを落としまくる彼の様子を見てママたちは、自分の子は安全に過ごせてるのか心配しだす。
「うちの子、前のクラスの時からよくベンには怪我させられてたから、気をつけて欲しいのよね。」 そう打ち明けるママは、少なくなかった。

ベンの両親は共働きで、幼稚園に対してうるさく言わなかったが、彼の行動について面談を開きましょうと提案をしても、あれこれ言ってそらされてしまっていた。
こういう子どもの場合特に、家庭と幼稚園との協力態勢が大事になってくる。同じセリフで、同じようにしつけていくのが理想だが、面談はまず、家庭での様子、家庭でのしつけや親の考え方などを知り、お互いのしつけ法について意見を交わす場を持つためにある。だが、「ベンジャミンは 家ではとっても良い子よ。妹も可愛がるし。」とだけ 言われてしまった。

幼児教育からいくとこういった行動は、まずなぜそうなるのか 彼の環境や家庭でのしつけ、家族関係を知ることが大事になってくる。誰がいけないとか 親を責めるのではなく、どういったことが彼の性格や態度を形成しているのか、理由が分からないとどういう躾をすべきなのか見えてこない。

親からは、はっきりとは聞くことが出来なかったが、親の同僚(クラスの父兄)や ベンの行動から、彼はうちでは ビデオやTVなど見させて、静かにさせているのでは・・?という疑問が浮かんできた。Time Out (*1)もしているようだった。ママが出張などで不在になったり、乳児の妹がいるため、教師にベタベタなのは、愛情不足なのかもしれない。判断は出来ないが、そうなると愛情で躾していくしかないだろう。

私はそれを知ってから、より一層、頻繁に抱いたり、叱った後も"I love you, Ben."と、言葉をかける回数を増やしたりした。彼が出来ることを見つけ、誉めるように心がけた。

それぞれの子どもには、それぞれのペースがあり、能力がある。優れていること、興味あることだけでなく、子どもに合ったしつけを見つけるのも、教師の役目だ。
♪ Clean Up Song ♪ を歌うだけでは、なかなかお片づけの時間に移れないベンには、一緒にしゃがんで、散らかったおもちゃを1つ1つ渡してゆく。そうするとなぜか多くの子は、手にとったおもちゃをちゃんと、箱にしまってゆく。
"Where does this green car go?" (この緑の車はどこにしまうのかな〜?) "Can you find a red dinosaur?" (さーて、赤い恐竜はどこかな?)お片づけが嫌いなら、遊びをまぜてクイズっぽくやるのが良い。ベンも "I found it! I found it, Ms ユウ〜!" (ゆうさん、見つかったよ!)と、散らかってる床から、赤の恐竜を手に取り、箱へしまってゆく。

そんな風に、試行錯誤しながら彼の様子を見ていた2歳9ヶ月、彼に変化が見られた。
この時期、ベンの両親の希望で、また私が彼を担当することになり、一緒に上のクラスへ移動した。 新しいクラスには、彼より年上の子もいる。
「ベンジャミン、そのおもちゃは散らかしてはいけないよ。」4歳のクラスメート達は、彼に注意をする。「ベンジャミン、外庭へ行くから 並ぶんだよ。」大きな子たちは、まるでベンの先生みたい。いけないこと、しなくてはならないことを教えることができる。

そんな環境の中、彼の言語力が めきめき上達してきた。少しずつ、彼の口から出るセンテンスが長くなり、色んな言葉を覚えてきた。背も伸びて、急に男の子らしくなってきた。
テーブルアクティビティ(*2) も15分座って熱中することもあり、仲のよい友達もできた。サークルタイムにも参加する回数が、徐々に増えてくる、絵本に興味もでてきたようだ。 ベタベタ抱きついてくるのは、相変わらずだったが、静かに自分から横になりお昼寝もスムーズになってきた。

一度だけ、綺麗にきちんと一人で 片付けをしたことがあり、私は その行動に驚いた。そんなことは今までなかったのに・・・。"Thank you so much, Ben. You really helped me out." (ありがとう、ベン。助かったわ。)このときの喜びを、私は 忘れない。

しかし、今の所 それっきり、以前よりは良くなっているが、まだまだ ベンが落ち着く様子はみられない。しかし、彼は 成長をしている。彼なりの方法で、彼なりのペースで 着実に。

子どもの成長は、物語のように ハッピーエンドで終わるわけではない。しつけには、終わりなんて無くて、ずっとずっと、それは大人になっても 誰も 「結果」なんて分からないものなのかもしれない。
これから彼が、どんな風に成長してゆくのか、興味深いところである。



Time Out (*1) ・・・ アメリカの家庭でもっとも主流な体罰法。暴力は存在せず、いけないことをしたら一定時間、子どもを座らせたり、部屋で静かにさせる方法。

Table activity(*2) ・・・ 自由にいくつかある算数や理科の道具を使って、遊びを通して学習する

子供の名前は 仮名です。